レゾナック 異文明統合、1兆円M&Aの死角 | Kadai.ai
レゾナック 異文明統合、1兆円M&Aの死角 株式会社レゾナック・ホールディングス
このレポートは公開情報をもとにAIが自動生成した分析・仮説です。正確性・完全性・最新性を保証しません。重要な意思決定の唯一の根拠にしないでください。
※投資・法律・財務の助言ではありません。
株式会社レゾナック・ホールディングス 統合経営課題レポート
Executive Summary
本レポートは、株式会社レゾナック・ホールディングス(以下、レゾナック)が直面する構造的な経営課題を分析し、持続的な企業価値向上に向けた戦略的選択肢と具体的なアクションプランを提示するものである。
レゾナックは、旧昭和電工が持つ「炭素文明」ともいえる素材・装置産業型の事業基盤と、M&Aにより獲得した旧日立化成が持つ「シリコン文明」を象徴する高機能・顧客密着型の事業基盤という、成り立ちも文化も異なる二つの成功体験を内包している。現在、半導体・電子材料事業がAI市場の追い風を受けて業績を牽引する一方、ケミカル事業に代表される祖業は市況低迷により収益の重荷となり、ポートフォリオの二極化が鮮明になっている。
しかし、この二極化は単なる事業ポートフォリオの問題ではなく、より根源的な構造課題の表れに過ぎない。核心的課題は、この性質の異なる二つの「文明」を統合し、それぞれの価値を未来に向けて最大化するための『異文明ハイブリッド経営OS』が不在 であることだ。具体的には、①全社を束ねる統一されたアイデンティティの分裂、②ROIC(投下資本利益率)という単一の静的な評価軸による資源配分の硬直化、③半導体事業の成功モデルが全社に展開されないイノベーションのサイロ化、という三つの問題に集約される。
この構造的課題に対し、本レポートでは『両利きの経営の実践』戦略を主軸とし、その実行エンジンとして『プラットフォーム・カンパニーへの変革』戦略の要素を段階的に導入する ことを推奨する。これは、短期的な収益最大化(深化)と中長期的な新事業創出(探索)を両立させ、M&Aによるシナジーを真に最大化する道筋である。
具体的な実行シナリオとして、まずフェーズ1(〜18ヶ月) で、事業を「現在のキャッシュエンジン」「未来への移行オプション」「非連続な未来の創造」の三つに分類する新たな経営OS『時間軸ポートフォリオマネジメント』 を導入する。これにより、レガシー事業の出口戦略を合理的に断行し、成長投資のための経営資源を捻出する。続くフェーズ2(18ヶ月〜) では、捻出した資源を「未来創造」領域と、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)や共創モデルの形式知化を核とする全社横断の『価値創造プラットフォーム』 構築に重点投資し、再現性のあるイノベーション創出能力を確立する。
本提言は、半導体市場の変動に耐えうる強靭な事業構造を構築し、レゾナックを単なる「スペシャリティ材料のリーダー」から、社会の基盤を成す物質とプロセスを次世代へ橋渡しする『文明の移行代理人』 へと昇華させるための、具体的かつ実行可能なロードマップである。
このレポートの前提
本レポートは、株式会社レゾナック・ホールディングスが公開している有価証券報告書、決算説明資料、統合報告書、ニュースリリース、および各種メディア報道など、一般にアクセス可能な情報のみを基に作成されている。内部情報、非公開の事業計画、詳細な部門別データ、特定の顧客との契約内容などは一切参照していない。
したがって、本レポートで提示される分析、インサイト、および戦略提言は、これらの公開情報から導出される合理的な推論に基づくものであり、必ずしも同社の内部事情を正確に反映しているとは限らない。本レポートは、特定の投資判断を推奨するものでも、同社の経営方針を断定的に評価するものでもなく、あくまで外部の視点から構造的な課題を整理し、経営上の論点を提示することを目的としている。
レポート内で使用される数値データは、参照元の公開資料に準拠しているが、会計基準の変更や集計方法の違いにより、他の情報源と完全に一致しない可能性がある。本レポートの価値は、個々のデータの正確性以上に、それらの情報を統合し、一貫した論理構造の中で経営課題の本質を捉え、意思決定を支援するための思考の枠組みを提供することにある。最終的な意思決定にあたっては、内部情報を用いたより詳細な分析と検証が不可欠である。
株式会社レゾナック・ホールディングスについて
株式会社レゾナック・ホールディングスは、2023年1月に昭和電工株式会社と昭和電工マテリアルズ株式会社(旧日立化成株式会社)の統合を完了し、持株会社体制へ移行して誕生した化学メーカーである。そのルーツは、性質の大きく異なる二つの企業体に遡る。
旧昭和電工株式会社 は、1939年に設立され、日本の高度経済成長を支えた総合化学メーカーである。その事業は、石油化学製品(オレフィン、有機化学品)、化学品(アンモニア、苛性ソーダ)、黒鉛電極、アルミニウムなど、大規模な設備投資を要する装置産業が中心であった。これらの事業は、景気サイクルや市況の変動に業績が大きく左右される特性を持つ。
一方の旧日立化成株式会社 は、1962年に日立製作所の化学部門から独立して設立された。その強みは、顧客の高度な要求に応える高機能材料、特に半導体関連材料(CMPスラリー、ダイボンディングフィルム、銅張積層板など)や自動車部品、蓄電デバイスにあった。これらの事業は、顧客との緊密な連携に基づく研究開発と、特定のニッチ市場で高いシェアを獲得するスペシャリティ・ビジネスの特性を持つ。
この二社の統合は、2020年4月に昭和電工が約9,600億円という巨額を投じて日立化成を買収したことに始まる。このM&Aの戦略的意図は、市況変動の激しいコモディティ化学事業への依存から脱却し、高成長・高収益が見込まれる半導体・電子材料分野へと事業ポートフォリオを大きく転換することにあった。
ご意見・ご感想をお聞かせください PDFでダウンロード このレポートは、戦略提言AI『Kadai.ai』が公開情報をもとに作成したものです。
現在、より高度な分析を提供するPro版を開発中です。Pro版では、貴社の社内資料やヒアリング内容等を加味した、精度の高いレポートを提供予定です。無料会員登録をしていただくと、Pro版の公開時にいち早くお知らせいたします。
Pro版で順次提供予定の機能:
社内シェア無料 分析注力部分のカスタマイズ 非公開レポート より多いトークンによる詳細な調査 非公開情報・内部情報を連結した高度な分析 各課題へのより具体的なアクションプラン 無料会員登録してPro版の公開通知を受け取る 現在、レゾナックは「半導体・電子材料」「モビリティ」「イノベーション材料」「ケミカル」の4つの事業セグメントで構成されている。特に半導体後工程材料では世界トップクラスのシェアを誇り、ハードディスク基板や黒鉛電極でも高い市場地位を維持している。統合後の同社は、「化学の力で社会を変える」をパーパスに掲げ、目指す姿を「共創型化学会社」「スペシャリティ材料のリーダー」と定義。ROICを最重要経営指標と位置づけ、事業の選択と集中を加速させている。
この歴史的経緯は、レゾナックが単なる事業の集合体ではなく、異なる事業思想、組織文化、成功体験を持つ二つの企業の遺伝子を受け継ぐ「ハイブリッド企業」であることを示唆している。このハイブリッド構造こそが、同社の強みと課題の根源を理解する上で最も重要な鍵となる。
ビジネスモデルと価値創出の仕組み レゾナックの現在のビジネスモデルは、旧昭和電工と旧日立化成の強みを融合させ、特に半導体市場において独自の価値を創出する仕組みを構築している点に最大の特徴がある。
レゾナックの価値創造プロセスは、二つの要素の掛け合わせによって成り立っている。
技術の垂直統合モデル : 旧昭和電工が持つ石油化学などの「川上(基礎素材)」の分子設計技術と、旧日立化成が持つ半導体材料などの「川中・川下(機能設計・評価)」の技術を統合。これにより、素材の基礎研究から、顧客の最終製品に求められる特定の機能を発現させるための材料設計、さらには量産プロセスへの実装までを一気通貫で手掛けることが可能となった。この垂直統合は、単に製品ラインナップが広がっただけでなく、開発のリードタイム短縮と、より踏み込んだ顧客課題の解決を可能にする競争優位の源泉となっている。
共創エコシステムモデル : 特に成長を牽引する半導体・電子材料事業において、このモデルは顕著である。レゾナックは、単に材料を供給するサプライヤーに留まらない。顧客である半導体デバイスメーカーや、製造装置メーカー、さらには他の材料メーカーをも巻き込み、次世代半導体の開発初期段階から深く関与する。その象徴が、顧客との共創拠点である「パッケージングソリューションセンター(PSC)」や、14社が参画する次世代半導体パッケージ開発コンソーシアム「JOINT2」である。
この共創プロセスを通じて、レゾナックは顧客の将来の技術ロードマップや潜在的な課題をいち早く把握し、それに最適化された材料を「パッケージ」として提案する。これにより、顧客は開発プロセス全体を効率化でき、レゾナックは自社製品がデファクトスタンダード(事実上の標準)となることで、代替困難なポジションを築き、高い収益性を確保する。これは、材料のスペック競争から、顧客の成功に貢献するソリューション競争へと競争軸を転換させる先進的な取り組みである。
レゾナックの財務構造は、このビジネスモデルを色濃く反映している。
収益構造の二極化 : 2024年12月期のデータに基づくと、全社売上収益の約32%を占める半導体・電子材料セグメントが、利益の大半を稼ぎ出す明確な収益柱となっている。同セグメントの営業利益率は16.4%(参考値)と高い水準にある。一方で、祖業であるケミカルセグメントの利益率は1.9%(同)に留まり、黒鉛電極市況の低迷などが重荷となり、全社の収益性を圧迫している。この高収益・成長事業と低収益・市況連動型事業の混在が、現在の収益構造の最大の特徴である。
キャッシュフローの戦略的配分 : 2024年12月期のキャッシュフローを見ると、営業キャッシュ・フローで1,653億円を創出する一方、投資キャッシュ・フローは△516億円、財務キャッシュ・フローは△200億円となっている。これは、日立化成買収に伴う有利子負債の返済を着実に進めつつ、創出したキャッシュの多くを成長ドライバーである半導体・電子材料事業の設備投資や研究開発へ重点的に再投資するという明確な財務戦略を示している。非中核事業の売却も進めており、経営資源を成長領域へ集中させる「選択と集中」がキャッシュフローの動きからも見て取れる。
意思決定の根幹には、「スペシャリティ材料のリーダー」への変革という明確なビジョンがある。そのビジョンを実現するための羅針盤として、ROICが全社的な最重要経営指標として設定されている。事業ポートフォリオの評価は、「戦略適合性」「ベストオーナー」「採算性・資本効率(ROIC)」という3つの視点で行われ、この基準に満たない事業は売却や再編の対象となる。このトップダウンの強い意志が、石油化学事業のパーシャル・スピンオフ検討や、過去2年半で9事業を売却した大胆なポートフォリオ改革を可能にしている。
総じて、レゾナックのビジネスモデルは、M&Aによって獲得した成長エンジン(半導体材料)に経営資源を集中投下し、「共創」という無形資産をテコに高い収益性を実現するモデルへと、意図的に転換を図っている過程にあると言える。しかし、その過程で生じる過去の事業体との軋轢や、新たなモデルに内在するリスクが、次章以降で詳述する経営課題の根源となっている。
現在観測されている経営上の現象 ここでは、レゾナックの現状を客観的な事実、数値、および兆候から整理する。これらの現象は、後述する経営課題を構成する要素である。
業績のV字回復 : 2023年12月期には親会社の所有者に帰属する当期利益が65億円の損失であったが、2024年12月期には735億円の黒字へと大幅に転換した。これは主に、半導体市況の回復を背景とした販売数量の増加によるものである。
収益構造の極端な偏り : 2024年12月期のセグメント別利益率(参考値)は、半導体・電子材料が16.4%と突出して高い一方、ケミカルは1.9%、モビリティは3.1%と低迷しており、収益源が特定のセグメントに極度に依存している状況が観測される。
成長ドライバーの明確化 : 2025年12月期の会社予想では、全社売上高が前期比2.8%減と微減を見込む中、半導体・電子材料セグメントの売上高は同12.1%増の4,990億円と二桁成長が計画されており、同セグメントが唯一かつ強力な成長エンジンであることが示されている。
財務体質の改善傾向 : 親会社所有者帰属持分比率は30.6%(2024年12月期)と、前年から3.3ポイント改善。日立化成買収後の財務規律を重視した経営が一定の成果を上げている。
戦略的なキャッシュ配分 : 営業キャッシュフローを源泉として、成長分野への投資(投資CFマイナス)と有利子負債の返済(財務CFマイナス)を同時に進めるキャッシュフロー・パターンが定着している。
事業の「選択と集中」の加速 : 2022年からの2年半で9事業を売却。さらに、祖業の一つである石油化学事業のパーシャル・スピンオフ(一部事業の分離・独立)や、ケミカル事業における事業売却を含めた戦略的オプションの検討が公式に表明されている。
半導体後工程における支配的地位 : 半導体後工程材料において世界シェア1位を確立。AI市場の拡大を背景に、その重要性と影響力はさらに増している。
レガシー事業の市況依存 : ケミカル事業の黒鉛電極は、主要用途である電炉鋼の生産動向に大きく左右され、市況の低迷が長期化し、業績の重荷となっている。
「共創」の戦略的重視 : 顧客やパートナー企業を巻き込む「共創」を戦略の中心に据え、その象徴としてコンソーシアム「JOINT2」を主導。これは、単なる技術開発に留まらず、業界標準を形成しようとする強い意志の表れである。
PMI(統合後プロセス)の継続課題 : 買収から数年が経過した現在も、経営戦略として「共創型人材」の育成がKGI(重要目標達成指標)として繰り返し強調されている。これは、旧昭和電工と旧日立化成という異なる出自を持つ人材・組織の真の融合が、依然として最重要の経営課題であり続けていることを示唆している。
経営指標の転換 : 従来の売上規模やシェア追求型の経営から、ROICを絶対的な指標とする資本効率重視の経営へと、明確な舵を切っている。
これらの現象は、レゾナックが過去の総合化学メーカーとしての姿から、特定の成長領域で価値を創出するスペシャリティ企業へと、痛みを伴いながらもダイナミックに変革を進めている過程を映し出している。しかし、その変革のスピードと、過去から受け継いだ構造との間に生じる歪みが、深刻な経営課題の温床となっている。
外部環境に関する前提条件 レゾナックの経営戦略は、同社を取り巻く不可逆的かつ構造的な外部環境の変化(メガトレンド)を前提に構築されなければならない。特に以下の四つの潮流は、同社の事業機会とリスクを定義する上で決定的に重要である。
機会 : 世界の半導体市場は、AI、データセンター、EV(電気自動車)といった新たな需要ドライバーに牽引され、2030年には1兆ドル規模への成長が予測されている。特に、レゾナックが強みを持つ後工程技術は、半導体のさらなる高性能化(チップレット技術など)において重要性を増しており、市場成長率を上回る成長機会が存在する。また、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)といった次世代パワー半導体市場の急拡大も、新たな材料需要を創出する。
脅威と前提条件 : 米中間の技術覇権争いを背景とした経済安全保障の動きは、グローバルなサプライチェーンの分断・再編を加速させている。半導体は「特定重要物資」に指定され、各国政府が巨額の補助金を投じて生産の国内回帰や同盟国間連携を推進している。これは、日本政府の支援(10兆円規模)を追い風に国内での事業展開を強化する好機である一方、台湾有事などの地政学リスクや、特定国による材料(黒鉛、ガリウム等)の輸出規制は、もはや一時的な混乱ではなく、事業継続計画に織り込むべき「常態」となった。この環境下では、サプライチェーンの強靭化(生産拠点の多角化、戦略的在庫など)はコストではなく、事業継続のための必須投資と認識する必要がある。
機会 : EUのPFAS(有機フッ素化合物)規制案や、日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)推進政策(今後10年で150兆円超の官民投資)に代表される環境規制の強化は、新たな巨大市場を創出している。EV向け軽量化素材、使用済みプラスチックのケミカルリサイクル技術、CO2を原料とする化学品合成など、環境負荷低減そのものが新たな付加価値となり、収益源となるビジネスモデルへの転換が求められている。これは、レゾナックが持つ化学技術を応用し、社会課題解決と企業成長を両立させる「デュアルサクセス」を実現する絶好の機会である。
脅威と前提条件 : カーボンプライシング制度の導入など、炭素排出に対するコストは今後確実に増加する。従来の化石燃料に依存した大量生産・大量消費型のビジネスモデル(特に石油化学事業など)は、構造的なコスト増圧力に晒され、競争力を失っていく。環境対応は、もはやCSR(企業の社会的責任)の範疇ではなく、事業の存続を左右する経営の中核課題である。
機会と前提条件 : マテリアルズ・インフォマティクス(MI)や生成AIの活用は、材料開発のあり方を根本から変えつつある。従来の経験と勘に頼った試行錯誤のプロセスから、データ駆動で新物質や最適プロセスを予測・発見するプロセスへと移行することで、開発期間は劇的に短縮され、成功確率は飛躍的に向上する。この技術をいち早く導入し、社内に散在する研究開発データを統合・活用する基盤を構築できた企業が、次世代の材料開発競争において圧倒的な優位性を築く。
脅威 : この潮流に乗り遅れることは、将来の競争力を完全に喪失することを意味する。データ基盤の整備、AIを使いこなす人材の育成、そしてAIが生成した発明の知財戦略といった、新たな経営課題への対応が急務となっている。これは単なるツール導入の問題ではなく、研究開発組織の文化やプロセスそのものを変革する経営マターである。
4. 業界構造の変化:「共創エコシステム」競争の本格化
機会と前提条件 : 半導体業界に見られるように、技術の高度化・複雑化は、一社単独での課題解決を困難にしている。材料メーカー、装置メーカー、デバイスメーカーが開発の初期段階から連携する「共創エコシステム」の構築が、事実上の業界標準となりつつある。レゾナックが「JOINT2」で先行しているこの動きは、単なる販売戦略ではなく、業界のルールを形成し、他社の参入を困難にする強力な競争戦略である。
脅威 : このエコシステム競争で主導権を握れなければ、単なる下請けの材料供給者に追いやられるリスクがある。また、特定の顧客や技術プラットフォームに深くコミットするエコシステムは、次世代技術へのパラダイムシフトが起きた際に、顧客と共に陳腐化する「共倒れ」のリスクも内包している。
これらの外部環境の変化は、レゾナックに対して、過去の成功体験の延長線上には未来がないことを突きつけている。変化への適応は選択肢ではなく、生存のための必須条件である。
経営課題 レゾナックが直面する経営課題は、個別の事業不振や市況の変動といった表層的な事象に留まらない。その根底には、旧昭和電工と旧日立化成という二つの異なる企業の統合によって生まれた、より深く、構造的な課題が存在する。これらの課題は、短期的なものから長期的なものへ、そしてテクニカルなものからファンダメンタルなものへと連なっている。
短期的・テクニカルな課題 これらは現在、財務諸表や事業報告において明確に数字として表れている、比較的目に見えやすい課題である。
1. 事業ポートフォリオの極端な二極化と収益安定性の欠如
課題 : 全社の収益が、AI市場の活況を背景とする半導体・電子材料セグメントに極度に依存している。2024年の参考値で、同セグメントの利益率は16.4%に達する一方、ケミカルセグメントは1.9%と著しく低い。この構造は、半導体市況が調整局面に入った場合、全社の業績が急激に悪化するリスクを内包しており、経営の安定性を著しく損なっている。
影響 : 経営資源(資本、人材、経営陣の関心)が半導体事業に集中しすぎることで、他の事業の改善や、次世代の柱となる新規事業の育成が疎かになる可能性がある。また、株価も半導体市況に過度に連動し、企業価値の安定的な向上が阻害される。
課題 : ケミカル事業(特に黒鉛電極)や、再編対象となっている一部の事業は、市況の低迷や構造的な競争力の低下により、投下した資本に見合うリターンを生み出せていない。これらの事業は、全社で掲げるROIC経営の目標達成における大きな足枷となっている。
影響 : これらの低収益事業が、限られた経営資源を消費し続けることで、より成長性の高い分野への投資機会を奪っている(機会費用の発生)。事業売却や再編の意思決定が遅れれば遅れるほど、企業価値の毀損は継続する。これは「戦略的負債」として、変革のスピードを鈍化させる重力となっている。
長期的・ファンダメンタルな課題 これらは、短期的な課題の根本原因であり、企業の根幹に関わるより本質的な課題である。これらの解決なくして、持続的な成長は望めない。
課題 : レゾナックは「スペシャリティ材料のリーダー」という未来像を掲げている。しかし、その実態は、祖業である旧昭和電工の総合化学(炭素文明)の文化・人材と、旧日立化成の機能材料(シリコン文明)の文化・人材が混在するハイブリッド体である。この二つの間には、事業モデル(装置産業 vs 顧客密着)、評価基準(規模・安定性 vs 成長性・利益率)、そして成功体験が大きく異なる。この結果、「我々は何者なのか」という企業としての統一されたアイデンティティが確立されておらず、組織の求心力が弱い状態にある。
影響 : このアイデンティティの分裂は、組織内に見えざる壁を生み出す。レガシー事業の従業員は自らを「切り捨てられる存在」と認識し、モチベーションが低下する。一方、成長事業の従業員は「自分たちが会社を支えている」という驕りを生みかねない。このような組織の分断は、「共創型人材」の育成を阻害し、全社的なシナジー創出を不可能にする最大の要因である。
課題 : 現在のレゾナックは、ROICという単一の、そして静的なモノサシで全ての事業を評価しようとしている。しかし、ROICは「現在の収益性」を測る上では有効だが、事業のライフサイクル(成長期、成熟期、衰退期)や戦略的な位置づけを無視してしまう。例えば、将来大きな価値を生む可能性のある研究開発テーマ(未来創造)や、今は低収益だが将来の市場変化に対応するための選択肢(移行オプション)としての価値を持つレガシー事業の技術を、ROICだけで評価すると「価値が低い」と判断され、投資対象から外されてしまう。性質の異なる事業群を動的に管理し、価値を最大化するための経営システム(OS)そのものが、現状のビジネスポートフォリオに適合していない。
影響 : 合理的な資源配分が阻害される。短期的なROIC改善に繋がらないが、中長期的に重要な投資(例:MI基盤構築、サステナビリティ関連技術開発)が躊躇される。逆に、レガシー事業の処遇も「ROICが低いから売却」という短絡的な判断に陥りがちで、その資産が持つ潜在的な「オプション価値」を見過ごすリスクがある。結果として、経営は短期的な財務指標の改善に追われ、非連続な成長機会を逃し続けることになる。
5. イノベーション創出能力のサイロ化と再現性の欠如
課題 : 半導体・電子材料事業における「共創エコシステム」は、レゾナックの最大の成功モデルであり、競争優位の源泉である。しかし、この成功は、特定の事業、特定の市場、そして特定のキーパーソンに依存する「属人的な暗黙知」に留まっている可能性が高い。この成功の方程式を形式知化し、他の事業領域(例:モビリティ、ライフサイエンス)にも展開できるような、全社横断的な仕組み(プラットフォーム)が構築されていない。イノベーションが特定の「サイロ」の中でのみ起きている状態である。
影響 : 半導体事業に匹敵する「第二、第三の成長エンジン」が、偶発的な成功に頼らざるを得ず、体系的に生まれてこない。旧昭和電工が持つ素材技術と旧日立化成が持つ応用技術という、本来であれば強力なシナジーを生むはずの資産が組織の壁に阻まれて化学反応を起こせず、M&Aのポテンシャルを最大限に引き出せていない。パラダイムシフトによって半導体事業の優位性が揺らいだ時、会社全体が危機に瀕する構造的な脆弱性を抱え続けることになる。
これらの課題は相互に関連しており、特に根源にある「アイデンティティの分裂」と「経営OSの機能不全」を解決しない限り、ポートフォリオの最適化やイノベーションの創出といった他の課題も真の解決には至らない。
経営として向き合うべき論点 前章で特定した経営課題を踏まえ、レゾナック経営陣が戦略的意思決定を行う上で、真正面から向き合い、答えを出さなければならない根源的な「論点」は、以下の三つに集約される。これらの論点に対する明確なスタンスこそが、今後のあらゆる戦略の土台となる。
論点1:我々は何者として未来を定義するのか?(アイデンティティの再定義)
これは、企業の存在意義(パーパス)そのものを問う、最も根源的な論点である。
現状の問い : 「我々は『スペシャリティ材料のリーダー』なのか?」
この問いの限界 : この自己認識は、半導体事業の成功を説明するには有効だが、同時にケミカル事業に代表されるレガシー資産を「過去の遺物」「売却対象」としてしか位置づけられない。これは、旧昭和電工の歴史と人材を間接的に否定する物語であり、組織に深刻な分断と疎外感を生み出す。このアイデンティティの下では、全社一丸となった変革は望めない。
向き合うべき真の問い : 「旧昭和電工の『炭素文明』の資産と、旧日立化成の『シリコン文明』の資産を統合した我々は、社会に対してどのような独自の価値を提供できるのか?」
示唆 : この問いは、単なる事業の取捨選択を超え、レゾナックの歴史的文脈全体を肯定し、未来へと接続する新たな物語を創造することを要求する。例えば、「我々は、社会の基盤を成す物質とプロセスを、ある文明(炭素)から次の文明(シリコン、そしてその先)へと橋渡しする『文明の移行代理人(Civilization Transition Agent)』 である」といった、より高次のアイデンティティを確立することは可能か。このような新たな物語は、レガシー事業の役割を「未来への転換資産」として再定義し、旧両社の出自を持つ全従業員が共有可能な、壮大で求心力のあるビジョンとなりうる。
論点2:過去の資産を、いかにして未来の価値に転換するのか?(レガシー資産の価値評価と処遇)
これは、論点1で定義したアイデンティティに基づき、具体的な事業ポートフォリオをどう管理していくかという、経営OSに関わる論点である。
現状の問い : 「ROICの低い事業を、売却すべきか、維持すべきか?」
この問いの限界 : この二元論的な問いは、事業価値を現在の財務指標という静的な断面でしか捉えていない。これにより、レガシー資産が持つ潜在的な技術、人材、インフラ、そして「未来の不確実性に対するオプション」としての価値を見過ごしてしまう。
向き合うべき真の問い : 「性質の異なる事業群(成長期、成熟期、転換期)の価値を、時間軸を含めて動的に評価し、ポートフォリオ全体の価値を最大化する経営の仕組み(OS)をいかに構築するか?」
示唆 : この問いは、ROIC一辺倒の評価軸からの脱却を迫る。例えば、ポートフォリオを「①現在のキャッシュエンジン(ROICで最大化)」「②未来への移行オプション(オプション価値で評価)」「③非連続な未来の創造(学習速度で評価)」といったカテゴリーで再定義し、それぞれに異なるKPIと資源配分ルールを適用する『時間軸ポートフォリオマネジメント』 のような、新たな経営OSの導入を検討すべきではないか。これにより、レガシー事業の処遇は「売却か否か」ではなく、「この資産をいかにしてGX(グリーン・トランスフォーメーション)市場などの未来価値へ転換・接続させるか」という、より創造的で戦略的な問いへと昇華される。
論点3:第二の成長エンジンを、いかにして体系的に生み出すのか?(イノベーションの仕組み化)
これは、半導体事業の次を担う持続的な成長ドライバーを、偶発ではなく必然として生み出すための能力(ケイパビリティ)に関する論点である。
現状の問い : 「半導体事業の成功を、どうやって他の事業でも再現するか?」
この問いの限界 : この問いは、成功モデルの単純な「横展開」を想定しがちだが、市場環境や顧客特性が異なれば、同じ手法が通用するとは限らない。また、成功の要因が暗黙知のままであれば、そもそも移転は不可能である。
向き合うべき真の問い : 「旧両社の強み(素材基盤技術、応用展開力、顧客共創プロセス)を化学反応させ、再現性のあるイノベーションを創出するための全社的な『プラットフォーム』を設計・実装できるか?」
示唆 : この問いは、イノベーションを特定事業のスキルから、全社の組織能力へと昇華させることを目指す。具体的には、①MI/計算科学を駆使して新物質を予測・発見する「知のエンジン」、②旧昭和電工のプロセス技術を活かしてそれを具現化する「実行エンジン」、③旧日立化成の共創モデルを形式知化し、市場を創造する「事業化エンジン」という三つの機能を統合した、全社横断的な『価値創造プラットフォーム』 の構築が求められる。これは、真の「共創型化学会社」への変革を完了させるための、具体的な設計図となる。
これらの三つの論点に対する答えが、次の戦略オプションを評価し、最終的な意思決定を下すための揺るぎない判断基準となる。
戦略オプション 前述の経営課題と向き合うべき論点を踏まえ、レゾナックが取りうる中長期的な戦略の方向性として、大きく三つのオプションが考えられる。各オプションは、企業のアイデンティティ、資源配分の優先順位、そしてリスクの取り方が根本的に異なる。
オプションA: 『シリコン文明への完全移行』戦略 (集中と選択)
概要 : この戦略は、「選択と集中」の論理を極限まで推し進めるアプローチである。ケミカル事業をはじめとする、ROICが低く、半導体・電子材料事業とのシナジーが薄いと判断される事業を、迅速かつ徹底的に売却またはカーブアウト(事業分離)する。そして、それによって得られた資本、人材、経営陣の関心といった経営資源のほぼ全てを、成長ドライバーである半導体・電子材料事業およびその周辺領域に集中投下する。
狙い : 「スペシャリティ材料のリーダー」としてのアイデンティティを純化・先鋭化し、企業の姿を市場や投資家に対して分かりやすく提示する。意思決定プロセスからレガシー事業に関するしがらみを排除し、経営のスピードを最大化する。高成長市場に資源を集中させることで、短期的な企業価値(株価)の向上を狙う。
メリット :
財務改善の即効性 : 低収益事業を切り離すことで、全社のROICや利益率は即座に改善する。
経営の単純化 : 複雑なポートフォリオ管理から解放され、経営陣は成長事業の運営に専念できる。
市場への明確なメッセージ : 「ピュアな半導体材料メーカー」へと変貌することで、アナリストや投資家からの評価を得やすくなる可能性がある。
リスク :
一本足打法の極致 : 全社の命運を、市況変動が激しく、技術革新のスピードが速い半導体市場に完全に委ねることになる。市場の調整局面や、次世代技術へのパラダイムシフトが起きた際の経営的脆弱性は致命的なレベルに達する。
潜在価値の永久放棄 : レガシー事業が持つ技術や人材、インフラに秘められた、将来のGX市場などで開花する可能性(オプション価値)を永久に失う。
組織の崩壊 : 「過去の完全否定」とも受け取れるこの戦略は、旧昭和電工出身者を中心に深刻なモチベーション低下と人材流出を引き起こし、組織の一体性を完全に破壊する危険性がある。
オプションB: 『両利きの経営の実践』戦略 (ポートフォリオ変革)
概要 : この戦略は、既存事業の収益性を最大化する「深化(Exploitation)」と、新たな事業機会を探索する「探索(Exploration)」を同時に、かつ意図的に推進するアプローチである。その実現のために、前述の『時間軸ポートフォリオマネジメント』を新たな経営OSとして導入する。全事業を「キャッシュエンジン」「移行オプション」「未来創造」に再分類し、それぞれに最適化されたKPI、資源配分ルール、ガバナンスを適用する。
狙い : 短期的な収益確保と中長期的な成長機会の創出を両立させる。レガシー資産を単なる売却対象ではなく、「未来への移行オプション」として位置づけ、GX技術への応用など、価値転換の可能性を追求する。これにより、ポートフォリオ全体のリスクを分散し、持続的な成長基盤を構築する。
メリット :
戦略的柔軟性 : 不確実性の高い外部環境の変化に対し、複数の「オプション」を保持することで、柔軟に対応できる。
M&Aシナジーの最大化 : 旧両社の資産をそれぞれの役割(キャッシュ創出、未来への布石など)に応じて最適に活用する論理的基盤を提供し、真の統合シナジーを引き出す。
組織統合の促進 : 「過去の否定」ではなく「過去資産の未来への転換」という物語が、全従業員の納得感を醸成し、組織の一体性を高める。
リスク :
経営の高度化・複雑化 : 複数の異なる評価軸とマネジメントスタイルを使い分ける必要があり、経営陣に極めて高い能力が要求される。
変革マネジメントの困難さ : 新たな経営OSの導入は、既存の組織構造や評価制度との間に深刻な軋轢を生む。現場の抵抗や混乱を乗り越えるには、強力なリーダーシップと丁寧なコミュニケーションが不可欠。
中途半端に終わる危険性 : 「深化」と「探索」のバランスが崩れ、結局は既存のキャッシュエンジン事業の声が大きくなり、探索活動が形骸化するリスクがある。
オプションC: 『プラットフォーム・カンパニーへの変革』戦略 (ケイパビリティ再構築)
概要 : この戦略は、個別の事業ポートフォリオの議論よりも、企業の根源的な能力(ケイパビリティ)の再構築を最優先するアプローチである。全社横断で利用可能な『統合R&Dプラットフォーム』と『市場価値創造プラットフォーム』の構築に初期段階で経営資源を集中させる。具体的には、MI/AIの活用基盤整備、社内データの統合、半導体事業の「共創モデル」の形式知化と横展開を強力に推進する。
狙い : 半導体事業の成功を再現可能な「仕組み」へと昇華させ、第二、第三の成長エンジンを体系的に生み出す能力を企業の中核に実装する。これにより、特定の事業や市場に依存しない、持続的なイノベーション創出企業へと変貌する。
メリット :
根源的な競争力強化 : 企業の競争優位を、個別の製品や技術から、イノベーションを生み出し続ける「能力」そのものへとシフトさせる、最も本質的なアプローチ。
M&A効果の持続性 : 将来のM&Aにおいても、買収した事業をこのプラットフォームに接続することで、迅速に価値を創出できる。
真の「共創型化学会社」の実現 : 「共創」が特定部門のスキルから全社のDNAへと変わり、ビジョンが現実のものとなる。
リスク :
成果発現までの時間とコスト : プラットフォームの構築と、それが成果を生むまでには、多大な初期投資と長い時間を要する。その間の業績低迷や株主からの圧力に耐えられない可能性がある。
実行の不確実性 : 構想は壮大だが、具体的なプラットフォームの設計や、組織の壁を越えた運用には多くの困難が伴い、計画が絵に描いた餅に終わるリスクが高い。
短期的な課題の放置 : プラットフォーム構築に注力するあまり、足元のレガシー事業の赤字拡大など、喫緊の課題への対応が遅れる危険性がある。
比較と意思決定 三つの戦略オプションは、それぞれに合理性を持つ一方で、レゾナックが置かれた特有の状況(ハイブリッド構造、ポートフォリオの二極化、メガトレンドの変化)に照らし合わせると、その適合性には明確な差が存在する。ここでは、複数の評価軸に基づき各オプションを比較し、最適な意思決定の方向性を導き出す。
戦略的柔軟性 : 不確実な未来(技術シフト、地政学リスク等)への対応能力。
リスク耐性 : 特定市場への依存度と、ポートフォリオ全体でのリスク分散。
組織統合 : 旧両社の文化・人材を融合させ、全社の士気を高める効果。
シナジー最大化 : M&Aで獲得した資産(有形・無形)の価値を最大限引き出す能力。
実行可能性と時間軸 : 成果発現までの時間と、変革の難易度。
評価軸 オプションA: 完全移行 オプションB: 両利きの経営 オプションC: プラットフォーム化 戦略的柔軟性 ×(低い) ◎(高い) 〇(中長期で高い) リスク耐性 ×(極めて低い) 〇(高い) △(短中期は低い) 組織統合 ×(分断を助長) 〇(促進する物語) △(一体感醸成に時間) シナジー最大化 ×(レガシー資産放棄) ◎(全資産を活用) 〇(能力面で最大化) 実行可能性と時間軸 〇(短期・単純) △(中期・複雑) ×(長期・高難度)
オプションA(完全移行)の致命的な欠陥 : このオプションは、短期的な財務改善と分かりやすさという魅力を持つものの、その代償として戦略的柔軟性とリスク耐性を完全に放棄するものである。半導体という単一市場に未来を賭けることは、極めて危険な博打に等しい。さらに、組織の分断を決定的にするという点で、M&Aによる統合企業の経営戦略としては最も避けるべき選択肢と言える。したがって、オプションAは非推奨 とする。
オプションB(両利きの経営)とオプションC(プラットフォーム化)の関係性 : オプションBとCは、対立するものではなく、補完的な関係にある。オプションBは「何を(What)」、つまり、どのようなポートフォリオを目指し、どのように資源を配分するかの「経営OS」を定義する。一方、オプションCは「いかにして(How)」、つまり、そのOSの下で新たな価値を体系的に生み出すための「実行エンジン(能力)」を構築する。
オプションC単独では、プラットフォーム構築のための原資が不足し、足元の業績悪化に耐えられないリスクがある。逆に、オプションB単独では、合理的な資源配分は実現できても、配分された資源から新たな価値を生み出す「仕組み」がなければ、イノベーションは属人的なものに留まり、持続性がない。
以上の比較分析から、レゾナックが取るべき最適戦略は、単一のオプションを選択することではなく、オプションB『両利きの経営の実践』を戦略の主軸・OSとして明確に位置づけ、そのOSを効果的に機能させるための実行エンジンとして、オプションC『プラットフォーム・カンパニーへの変革』の要素を段階的に実装していく というハイブリッドアプローチである。
時間軸の整合性 : まず、オプションB(経営OSの導入)を先行させることで、レガシー事業の処遇を合理的に判断し、短期的な資本効率の改善と、将来への投資原資の捻出を可能にする(フェーズ1)。その上で、捻出された資源をオプションC(プラットフォーム構築)に戦略的に投下することで、中長期的な成長エンジンを実装する(フェーズ2)。これにより、短期的な財務規律と長期的な成長投資の間のジレンマを解消できる。
戦略と組織能力の連動 : 新たな経営OS(オプションB)は、企業が進むべき方向性(What)を明確に示す。そして、価値創造プラットフォーム(オプションC)は、その方向に進むための具体的な能力(How)を組織に与える。この二つが両輪となることで、戦略は絵に描いた餅に終わらず、現場の実行力を伴ったものとなる。
企業価値の最大化 : このハイブリッド戦略は、定性的にも定量的にも企業価値を最大化する道筋を描く。
【定性的】 : 「過去資産の未来への転換」という物語は、旧両社の組織的・文化的融合を促進し、全社のエネルギーを変革へと向かわせる。
【定量的】 : 短期的には低収益事業の整理による全社ROICの抜本的改善が資本市場からの再評価を促す。中長期的には、半導体事業への過度な依存から脱却し、ポートフォリオ全体でのリスクを低減させると同時に、プラットフォームから生まれる新規事業によって新たなキャッシュフロー源を創出する。
この意思決定は、レゾナックが単なる事業の寄せ集めから、多様な資産を有機的に結合させ、未来価値を創造する真の統合企業へと進化するための、唯一かつ最善の道筋である。
推奨アクション 前章での意思決定に基づき、推奨戦略を具体的な実行計画に落とし込む。本アクションプランは、短期的な基盤確立と、中長期的な成長エンジンの実装という二つのフェーズで構成される。各アクションには、目的、具体的な内容、責任者(オーナー)、期限、そして成功の定義を明確に設定する。
フェーズ1:基盤確立と資源捻出(実行期間:今後18ヶ月) このフェーズの目的は、変革の土台となる新たな経営OSを導入し、レガシー事業の処遇を断行することで、次フェーズの成長投資に必要な経営資源(資本・人材・経営陣の関心)を捻出することにある。
アクション1:経営OS『時間軸ポートフォリオマネジメント』の導入と全事業の再分類
目的 : 全社共通の動的な経営判断の仕組みを導入し、客観的かつ合理的な資源配分の土台を構築する。
内容 :
社長直轄、CFO、CSO(最高戦略責任者)をリーダーとするタスクフォースを組成する。
全事業を「キャッシュエンジン」「移行オプション」「未来創造」の3つのカテゴリーに分類するための具体的な定義と評価基準を策定する。
キャッシュエンジン : 成熟市場で高いシェアを持つ事業。KPIはROIC、EBITDA。マネジメントは効率化と収益最大化に注力。
移行オプション : 現在は低収益だが、技術・人材・インフラが将来のメガトレンド(GX等)に転用可能な事業。KPIはオプション価値(例:将来市場規模×獲得確率)、価値転換プロジェクトのマイルストーン達成度。
未来創造 : 次世代の柱となりうる新規事業・研究開発テーマ。KPIは学習速度、重要仮説の検証数、市場創造の可能性。
策定した基準に基づき、全事業部門と協議の上、第一次分類を完了させる。
各分類に応じた資源配分ルール、ガバナンスプロセス(レビュー会議体、意思決定権限等)、評価・報酬制度の基本方針を設計し、取締役会で承認を得る。
オーナー : 社長、CFO、CSO
期限 : 6ヶ月以内に制度設計と第一次分類を完了。9ヶ月後から新制度に基づく最初の四半期レビューサイクルを開始する。
成功の定義 : 全事業の分類と新KPIが確定し、経営会議が新制度に基づいて運営されること。資源配分の意思決定が、旧来の力関係ではなく、新たなOSのロジックに基づいて行われるようになること。
アクション2:「移行オプション」事業の価値最大化と出口戦略の断行
目的 : 低効率事業に滞留する資本・人材を解放し、成長領域への再投資原資を確実に捻出する。
内容 :
「移行オプション」と分類された事業(ケミカル事業等が主対象)に対し、事業ごとにCOO管轄の価値最大化チームを組成する。
各チームは、当該事業の資産(技術、特許、人材、設備、顧客基盤等)を棚卸しし、複数の価値転換シナリオ(例:黒鉛電極の高温技術を核融合炉部材へ応用、石油化学のインフラをケミカルリサイクル拠点へ転用)と、売却・カーブアウト・JV(ジョイントベンチャー)化といった出口戦略を策定する。
各シナリオの事業性評価(NPV、オプション価値評価等)を行い、最も企業価値を最大化する選択肢を特定し、具体的な実行計画を策定する。
経営会議の承認を得て、実行に着手する。
オーナー : COO、事業担当役員
期限 : 12ヶ月以内に全対象事業の戦略オプション評価と実行計画の策定を完了。18ヶ月以内に、少なくとも2件の大型案件(例:事業売却、大型JV設立)を実行に移す。
成功の定義 : 実行により、目標とするキャッシュ(例:500億円以上)及び、次世代事業に必要なスキルを持つ人材(例:200名以上)を成長領域へ再配分する目処が立つこと。
アクション3:パイロット・プロジェクトによる価値創造プラットフォームの概念実証(PoC)
目的 : フェーズ2での全社展開に先立ち、小規模な成功事例を創出し、部門横断によるイノベーション創出モデルの有効性を実証すると共に、変革への機運を醸成する。
内容 :
CTO(最高技術責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)主導で、旧両社のエース級人材からなる部門横断の少数精鋭チームを3つ程度組成する。
「移行オプション」事業のシーズ技術と、「キャッシュエンジン」事業の市場ニーズを意図的に掛け合わせた新規事業テーマを設定する。(例:テーマA「モビリティ向け軽量化複合材」、テーマB「次世代パワー半導体向け放熱材料」)
各チームは、MIツールを試験的に導入し、アジャイルな開発サイクル(仮説構築→実験・シミュレーション→学習)を回す。
開発初期段階からターゲット顧客を巻き込み、プロトタイプの評価とフィードバックを得る。
オーナー : CTO、CMO
期限 : 18ヶ月以内に、少なくとも1つのテーマで、主要顧客候補から共同開発やサンプル購入の強いコミットメントを得られるレベルのプロトタイプを完成させる。
成功の定義 : 従来の研究開発プロセスと比較して、開発期間を50%以上短縮すること。PoCの成果が、フェーズ2におけるプラットフォームへの本格投資を正当化する明確な根拠となること。
フェーズ2:成長エンジンの実装とスケール(実行期間:18ヶ月後〜5年) このフェーズの目的は、フェーズ1で捻出した資源を集中投下し、再現性のあるイノベーション創出能力(価値創造プラットフォーム)を企業の中核に実装し、半導体に次ぐ第二、第三の成長エンジンを体系的に生み出すことにある。
アクション4:全社横断『価値創造プラットフォーム』の本格構築と運用
目的 : 偶発的な成功に頼らない、持続可能なイノベーション創出能力を企業の中核に実装する。
内容 :
フェーズ1のPoCの成功と学びを基に、全社的なMI/AI活用基盤(統合データベース、計算環境、解析ツール群)を構築する。
半導体事業の「共創モデル」を徹底的に分析・分解し、顧客課題の特定、ソリューション仮説の構築、エコシステム形成などのプロセスをフレームワーク化(形式知化)する。
このフレームワークの全社展開を支援し、部門横断プロジェクトを推進する専門組織(Center of Excellence)をCTO/CMO組織配下に設立する。
フェーズ1で捻出した資源を、このプラットフォーム構築と、プラットフォーム上で実行される新規事業テーマへ重点的に投下する。
オーナー : CTO、CMO
期限 : 3年以内にプラットフォームを本格稼働させ、年間5件以上の有望な新規事業テーマを創出・育成する体制を確立する。
成功の定義 : プラットフォーム経由で創出された新規事業群の売上高が、5年後に全社売上の5%(約650億円規模)に到達すること。
アクション5:新アイデンティティ『文明の移行代理人』の浸透と組織文化の変革
目的 : 全社員が共有可能な壮大なパーパスの下に組織を再統合し、変革を内側から加速させる。
内容 :
社長自らの言葉で、新たなアイデンティティ「文明の移行代理人」とその背景にある物語を、全社員に向けて繰り返し、情熱を持って語る。
フェーズ1、2で創出された成功事例(例:レガシー技術の未来市場への転用、部門横断プロジェクトの成果)を、社内報、タウンホールミーティング、社外へのPR活動を通じて、象徴的なストーリーとして積極的に発信する。
評価制度、昇進・昇格基準、役員報酬体系を、新たな経営OS(時間軸ポートフォリオマネジメント)と完全に連動させる。特に、「未来創造」や「移行オプション」への挑戦と、そこからの「学習」を高く評価する仕組みを導入する。
オーナー : 社長、CHRO(最高人事責任者)
期限 : 継続的に実施。3年後までに、従業員エンゲージメント調査における「会社のビジョンへの共感度」「部門間の協力体制」に関するスコアを現状から20%向上させる。
成功の定義 : 外部からの評価(採用市場でのブランド力、PBR等の資本市場評価)が明確に向上すること。社内から、トップダウンの指示なく、自発的な部門横断プロジェクトが生まれるようになること。
エクスキューズと次のアクション 本レポートは、公開情報という制約の中で、株式会社レゾナック・ホールディングスが直面する構造的課題と、それに対する戦略的処方箋を提示したものである。その分析と提言は、外部からの客観的な視点に基づく合理的な推論であるが、実際の経営判断には、内部でしか得られない情報の検証が不可欠である。
情報の非対称性 : 各事業部門の具体的な収益性、技術ポートフォリオの詳細、人材の質と量、組織文化の実態など、戦略の実行可能性を左右する重要な内部情報が欠落している。
財務インパクトの精度 : 推奨アクションに伴う投資額、コスト、そして期待されるリターン(売上、利益)は、あくまで概念的な規模感を示すものであり、詳細な財務モデルに基づく精緻なシミュレーションではない。
変革の実行難易度 : 提示したアクションプラン、特に組織文化の変革や新たな経営OSの導入は、極めて難易度が高い。現場の抵抗、部門間の利害対立、リーダーシップの課題といった、定性的な実行障壁の大きさは、外部からは正確に測ることができない。
推奨される次のアクション(Call to Action)
本レポートがレゾナックの経営陣にとって真に価値あるものとなるためには、これを「答え」としてではなく、「質の高い問い」として受け止め、以下の具体的なアクションへと繋げることが極めて重要である。
内部情報によるファクト・ベースの検証 :
本レポートで提示された課題認識(アイデンティティの分裂、経営OSの不全等)について、経営陣、主要な幹部、現場のキーパーソンへのヒアリングを通じて、その妥当性と根深さを検証する。
各事業の非公開データを基に、『時間軸ポートフォリオマネジメント』の分類を試行的に実施し、その示唆を議論する。
詳細な財務・事業シミュレーションの実施 :
「移行オプション」事業の各シナリオ(価値転換、売却等)について、専門チームによる詳細な事業性評価と財務シミュレーションを行い、企業価値へのインパクトを定量化する。
「価値創造プラットフォーム」構築に必要な投資額と、そこから生まれる新規事業の5〜10年スパンでの収益予測モデルを策定する。
変革マネジメント計画の策定 :
推奨アクションプランを実行する上での、具体的なロードマップ、マイルストーン、各部門の役割分担を定義する。
変革に伴うリスク(人材流出、短期的な業績悪化等)を洗い出し、その緩和策を検討する。
変革のビジョンとプロセスを、全従業員に効果的に伝え、エンゲージメントを維持・向上させるための、詳細なコミュニケーションプランを策定する。
レゾナックは、二つの偉大な企業の統合という、極めて困難だが、同時に巨大なポテンシャルを秘めた挑戦の途上にある。本レポートが、そのポテンシャルを最大限に解き放ち、持続的な成長軌道へと移行するための一助となることを期待する。